客観的に観察する〜ヴィパッサナー瞑想10日間を終えて〜〈後半〉

(photo by Sono Aida)
 
 
…さて,つづき~。

今回は,瞑想自体についてもう少し詳しく書きますね。
 
 
まずはじめの3日間は,鼻からの呼吸に意識を向けるアーナパーナと呼ばれる瞑想法を練習します。

特にはじめは,身体的な痛みや,いろいろな考え,眠気などで呼吸に気づき続けるのも大変な場合が多いと思うのですが,入り口はまずここです。
 
私の場合は,ヴィパッサナーに出発するまで慌ただしく睡眠時間の少ない生活を送っていたこともあり,初日はとにかく眠気がひどくてまともに瞑想に入れませんでした…
 
 
そして,4日目午後からヴィパッサナー瞑想が始まります。

この瞑想法では,
「意識を頭から足へ,そして,足から頭へと体系的に動かし,出会うすべての感覚を感じることによって,身体のすべての部分を順番に観察します。」

(日本ヴィパッサナー協会発行 小冊子「ヴィパッサナー瞑想 実践の手引き」より)
 
 
ポイントは,とにかく客観的に観察すること。

「経験するすべての感覚,快いもの,不快なもの,どちらでもないもの,それらに対して,それらの無常という性質を理解することにより,平静を保つことです。」(同上)
 
 
瞑想センターでは,1日3回,各1時間のグループ瞑想があるのですが、この間は,このヴィパッサナー瞑想を行う際,身体を一切動かさないように指示されます。

痛いところがあろうと,かゆいところがあろうと,とにかく,身体を動かさずに,ただ身体中に感じている感覚を観察するだけ。
 
 
でも,かゆいところって,いつまでもかゆいわけじゃないでしょう?
気づくとかゆくなくなっていて。

逆に,さっきまで何も感覚のなかったところに,いきなり痛みを感じたりもします。
 
 
こうやって,感覚は,現れてはまた消えて行く。

このような感覚の生滅を体感し,それをひたすら冷静に,明瞭に客観的に観察し続ける。

そのことによって,すべてが無常であることを,頭の中の単なる知識としてではなく,
実際に自分自身の体験を通じて知る。
 
 
わたしたち自身も、生まれて,いずれ死んで行きます。

身体に感じている感覚も,悲しみや喜びのような感情も,身体を構成している細胞も,人間関係や社会的立場も…すべて変わって行きます。

変わって行かないものはありません。
 
 
でも,そのことをどんなにアタマではわかっているつもりでも,
自らの体験として,骨の髄まで,というか,細胞の一つ一つにまで浸透するまで,
つまり,無意識レベルまでそれを体感し,納得し切ってはいない。

でも,徹底的に観察していると,どの感覚も必ず滅して行く。
 
 
特に,硬直したような,粗大な感覚を経験している部分があればそこには数分意識を留めて見るように,と導かれます。
 
 
そしてまた、それらの感覚は、サンカーラ(過去の習慣)の現れであり、
たとえどんな感覚が現れようと,身体中に意識を巡らせ、平静な心をもって徹底的に客観的に観察していくことで
それらが消滅していく=心の浄化が進んでいく、と。

この徹底的な現実主義によって,完全な浄化の末に,ゴータマは悟りを得てブッダとなった,と。

これがヴィパッサナー瞑想の概要です。
 
 
それが本当かどうか、どう感じるかは、みなさん一人一人が体験を通して判断されたらよいかと思います。
 
 
わたし自身は,サンカーラについては何とも申せませんし,
わたしの瞑想経験の中では,鈍感なためなのか,「硬直したような感覚」ってよくわからなかったんですよね~。

もちろん,かゆみとか,脚の痛みとかはあるんですけどね。

ただ,前回書いたように,身体と意識の繋がりはすごく感じました。
 
 
そして何よりも,客観的に観察することの重要性を改めて痛感する機会になりました。
 
 
yogaもまさに同じawareness(気づき)の練習。

一歩引いて観ること,気づくこと,それをいつでもどこでもする。
 
 
そのことで,感情や思考に常に飲み込まれがちなわたしたちの視点は,人生は,大きく変わりますから。
 
 
わたし自身,yogaを始めてから,感情の揺れが徐々に小さくなっています。
 
もちろん,いまもまだまだありますよー。
心の不安や緊張,苦しみ,孤独感…ゼロにはならないです。

でも,飲み込まれるのではなく,まず気づくことで,それらの感情はすーっと薄くなって行くんですよね。

そもそも、それらの感情がわたしの中に滞在している時間も圧倒的に短くなってきています。

どんどん自分の足が地に降りている感覚があります。

ヴィパッサナー瞑想の体験もそれをすすめてくれたと感じています。
 
 
方法は,それぞれに合ったものでいい。
ヴィパッサナーでも,坐禅でも,yogaでも。
ただ,客観的に観察すること。

それを練習することは,誰にとっても非常に有益,というか,不可欠だと,わたし自身は確信します。
 
 
同じように感じる方,あるいは,よくわからなくても何となくそっちかな~という気がする方,いつでもyogaクラスでawarenessを深める練習をご一緒しましょー!

Hari om

 
 
[memo] peak poses

for basic: Ardha Hanumanasana

for advanced: Parsvottanasana