長い目でいまを生きる

先日、生徒さんから
ぜひこの本を読んでみて!と渡されたのが

森下典子さんの
『日日是好日ー「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫)

ジャーナリストの森下さんが、大学生以来ずっと続けてきたお茶について、自らの経験と学びをつづったエッセイです。

わたしはお茶を習ったことはないのですが、読んでみるとyogaと通じるところがたくさんあり、とっても興味深かったです。

そのうちの一つをご紹介しますね。
 
 
 
「二十歳のとき、私は「お茶」をただの行儀作法としか思っていなかった。

鋳型にはめられるようで、いい気持ちがしなかった。

それに、やってもやっても、何をしているのかわからない。

一つのことがなかなか覚えられないのに、
その日その時の気候や天気に合わせて、
道具の組み合わせや手順が変化する。

季節が変われば、部屋全体の大胆な模様替えが起こる。

そういう茶室のサイクルを、何年も何年も、
モヤモヤしながら体で繰り返した。」
(p.5-6)
 
 
yogaのポーズ練習とか、瞑想とか、特に始めてから日が浅いと同じような感じがしませんか?

太陽礼拝とか…ダウンドッグってこれでいいのかな~とか。

瞑想って…いつも眠くなるし、わたし向いてないんじゃないのかな~とか。

わたしもずっとそうでした。

一体何なのか…ようわからんままくり返しました。

yogaはもちろんですが、
人間関係や仕事、日常生活の中でもこういうことって多くないですか?

それでも、わたしたちはそれを続ける。

その中で、目には見えなくても、変化は起こり続けていることに、ある日ふと気づくのです。
 
 
 
「どしゃぶりの日だった。

雨の音にひたすら聴き入っていると、突然、部屋が消えたような気がした。

私はどしゃぶりの中にいた。

雨を聴くうちに、やがて私が雨そのものになって、先生の家の庭木に降っていた。

(「生きてる」って、こういうことだったのか!)

ザワザワッと鳥肌が立った。

お茶を続けているうち、そんな瞬間が、定期預金の満期のように時々やってきた。

何か特別なことをしたわけではない。

どこにでもある二十代の人生を生き、平凡に三十代を生き、四十代を暮らしてきた。

その間に、自分でも気がつかないうちに、
一滴一滴、コップに水がたまっていたのだ。

コップがいっぱいになるまでは、なんの変化も起こらない。

やがていっぱいになって、表面張力で盛り上がった水面に、ある日ある時、均衡をやぶる一滴が落ちる。

そのとたん、一気に水がコップの縁を流れ落ちたのだ。」(p.7)
 
 
「もちろん、お茶を習っていなくたって、私たちは、段階的に目覚めを経験していく。

…人は時間の流れの中で目を開き、自分の成長を折々に発見していくのだ。

だけど、余分なものを削ぎ落とし、
「自分では見えない自分の成長」を実感させてくれるのが「お茶」だ。

最初は自分が何をしているのかさっぱりわけがわからない。

ある日を境に突然、視野が広がるところが、人生と重なるのだ。

すぐにはわからない代わりに、小さなコップ、大きなコップ、特大のコップの水があふれ、世界が広がる瞬間の醍醐味を、何度も何度も味わわせてくれる。」(p.8)
 
 
「…お茶を習い始めた時、
どんなに頑張っても、自分が何をやっているのか何一つ見当もつかなかった。

けれど、二十五年の間に段階的に見えてきて、今はなぜ、そうするのかがおぼろげにわかる。

生きにくい時代を生きる時、真っ暗闇の長で自信を失った時、お茶は教えてくれる。

『長い目で、今を生きろ』と。」
 
 
文中の「お茶」という語、そっくりそのまま”yoga”に置き換えられると思います。

ここでわたしの言う”yoga”は、もちろんポーズ練習のことではありません。

それはあくまでもほんの一部。

ポーズ以上に、哲学、瞑想、日々の行為実践…

全てを含んだ広い意味での”yoga”です。

マットの上で、それ以上にマットの外で、
何となく続けてきたことが一体何なのか、
自分の中でどんな変化が起きていたのか、
ハッ!としたり、アハ!と来たりする瞬間が必ずやってくるのです。

だから、大丈夫。

何事においても日々、
粛々と同じことをくり返す中で、
すぐに意味がわからなくても、
いやになっても、
コップには確実に水がたまり続けていることを思い出しましょう。

そして、つけ加えるのなら、
yogaをしているのだから、
水がたまっていく過程にもなるべく気づけるようにお互い少しずつ練習しましょう。

[memo] peak poses
for basic/advanced: sun sultation + variations

International yoga day, June, 2015.
Art of living主催のイベントで約200人の前で、もう一人の先生と共に太陽礼拝をリードしたときのもの。