バリリトリート2026感想②「静けさを通して、身体と心の『再生』の道を通った気がします」
3) このリトリートの中,あるいはその後も含め,何か変化がありました/ますか?
また,それはどのような変化でした/ですか?
「大きな変化はないのですが…
私はリトリートの翌日から仕事で、
すぐに現実に戻った日々です。
おまけに いろんな困難な事も起こりましたが、リトリートで経験した事を思い出しています。考えすぎたらジャパマラをする。
相手の静かなハートポイントを見つけてみる。
なかなか難しいです。
ですが、
わたしたちはその静けさのある場所を知っているだけでもすごいことではないかと思います。」
「これを「変化」と表現できるかどうか微妙ですが、ある種の「気づき」の感覚があります。
リトリートの後の日常生活にチャンティングの後の「無音」の広がりを見つけるような感覚。
日常を「帰るべき所」として心地よく快適であるようにすること。
そのために「私の日常」を俯瞰する「眺めのいい場所」がリトリートなんだという感覚。
リトリートが「大海の一滴」である「私」が「海」に還るような「静けさ」を思い出す、ある種の「儀式」要素のある時間や空間だとしたら、「日常」こそ、私にとって最も身近に体感できる「海」なのだという感覚です。
(多分いつも同じようなことをちょっとだけ違う文言で書いています笑)」
「リトリートから帰ってきてから、目覚めてすぐ、静かに過ごす時間が少し増えました。
ジャパマラや余裕があれば少し瞑想したり。
朝一番が静かな自分を意識しやすいように思います。
日中は忙しいですが、気持ちに少し余裕ができるように感じます。」
「・仕事について、時間をとって考えていく、シェアしていく中で、自分の目指しているありかたは何だろう?ということに否応なしに直面し、『あー!私ってそう思っていたんだ!』とハラおちする場面がありました。
実際に日常に戻ってみて、その後、幾つかトラブルや不安に思う出来事があったのですが、感情、考えを観察しつづけるプラクティス、続けています。
今回のリトリートは、静けさを通して、身体と心の『再生』の道を通った気がします。
自分の枠を無意識に決めている、という気づきもリトリート中にあり、リトリート後、またこのことに関して気づきがありました。
・今回、意図していなかったのですが、体重が3キロほど落ちていました。
けっこうリトリート中、食べていたのだけど・・・?!
仕事中、忙しくてパパっとごはんを食べていたり、夕飯が遅くなったりとしていたので、ゆっくり味わって食べる。消化が終わってから寝る。が良かったのかも?と思っています!」
「・わたしは、どうようにありたいのか?それがこのリトリートに参加した目的です
「静けさ」のなかにヒントがありそうだという気づきがありました
・WS後やリトリート後、日常のじぶんにすぐに戻ってしまうことに残念な気持ちになります
ですが、これも「わたしが変わっていてほしい」というわたしへの期待なのだなということ、リトリート後は、「わたしは変わるはずだ」「変わらないのはダメだ」という思い込みがあること、変わることへの抵抗や怖さがあること、種は蒔かれていること には気づけていると感じます」
「外側に引っ張られず、内側に集中する状態に入りこめたこと。
人に影響されすぎ、自分を見失うことが多かったので、自分軸に戻る感覚をつかみかけているように感じています。」

「たくさんあります!
体感を伴って「ああ、そうか」とやってきたことは、私にとって、とても大きかったです。
これは、バリに来なければ得られなかったことだと思っています。
今までの学びは、頭で理解することはできてはいたけれど、本当に肚落ちはしていなかったのだと思います。理解で終わっていたというか。
脳の理解と、体で理解すること、行動へつながることには時間のロスはあるんだな、と思います。
私は同じようなことを繰り返していて、自覚している部分もありましたが、自覚してなかった部分に気付いたり、さらに掘り下げることができました。
自分の癖は、「ある」ことより、「ない」ことに目が向きやすいことには気付いていました。
さらに掘り下げることになり、「ない」からダメとなっていて、ゼロか100くらいの2極化になっていたことに今回はっと気づきました。
そしてドラマチックに意味づけしていたようなところもありました。
今の過程は無視、グラデーション、揺らぎは認めない、くらいの厳しさになっていました。
そんなに頑固だったとは。頑固だったのか、と認めざるを得なかったというか、笑えるくらいでした。
今は、「ない」というより、過程に向かっていると感じることができるようになり、揺らぐバランスを感じながら、楽しみながら過ごすことができています。
今までの学び、知識が肚に落ち、行動が変わる、日常に反映されていく、という感じがします。
今回の体験は「おおーわかった!」と劇的発見とより、「ああ、そういうことか」と静かに訪れた気がします。不思議な感覚です。
ゆだねること、自分で動くこと、寄りかからず寄りかかること、静かさ、優しさ・・・体感を伴って感じることができたように思います。
みなさんから、yukariさんから、たくさんいろんな言葉のヒントもいただきました。
いろんな選択肢があるのに、選択肢は限られているといつもの癖で思っていること、判断していることがあります。
その癖を自覚しながら、いつものように選ぶ、今回は敢えて違う選択をしてみる、を楽しんでみたいと思います。
自分の考えを時には「本当にそうなの?」と疑ってみることもしてみたいと思っています。
「(自分は)変わりたい」と思うことはよくありました。変わらなきゃダメだとも。
だから同時に「変わらないな」と焦り、自分への苛立ちがいつもあったように思います。
今は、変わるから、「いい」「悪い」ではないし、「変わりたい」とも前ほど思わなくはなっています。
変わっても変わらなくても、どっちでもよくて、日々の揺らぎ、グラデーションを見て楽しむ余裕、余白が自分の中にできたように思うのです。」
「今まではヨガをして「こんなに明るく素敵になりました」という語りやすい変化を感じることがリトリート中はとても多かったですが、今回は自分の暗い、目を背けてきたような部分と向き合うというお題を課せられたタイミングでした。
自分の中での「統合」という意味では変化だったのかなと感じています。
リトリートが終わってからも、言語化に対する若干の億劫さや、体質が珍しくカパに偏っているなど(いっそタマスティックと言っても良いのかも)、自分としては貴重な体験が続いています。」
「私はすでに幸せであること。を思い出しました。」
「瞑想=人間の自然な状態
言葉の意味としてはもちろん理解しているものの、ハラにはまったく落ちていなかった。
それが(カルロスWSと)このリトリートを通して、「もしかしたら本当にそうなのかも、、事実の可能性あるぞコレ」になった。
この変化は自分にとって非常に大きなことだと思う。
結果として、自分の内なる静けさに留まることに、より意識的に、より居心地よく感じるようになった気がする。」
「サイレントが長かったこともあり、自分の内側と向き合うことが多かったです。
はじめにゆかりさんとのプライベートセッションで、普段向き合いたくないと思ってることと向き合うきっかけにしたらどうか、とアドバイスをもらった通り、今まで蔑ろにしていることにも気づかなかった「自分を大切にする」ということがまだまだできていなかったことに気づきました。
もう大丈夫、できるようになってる(実際良くはなっているのですが…)という言葉が先行して、まだ身体が大丈夫ではないのにできると言い聞かせていること、それが自分にダメージを与えていることが、ようやく腹落ちしました。
リトリートの中で一つのできないことを認め、身体に従ってみたら、それがすごく心地よくて、それが日常の中でもできるかどうかをトライしているところです。
完璧にはできないけど、普段のクセに対して、一度立ち止まって自分に聞いてみるだけでも、全然楽だなあと日々感じています。」

4) このリトリートへの参加を決めた理由をお聞かせください。
「昨年も参加させて頂き、また行きたい!と思ったことがまず先にあり、何も考えず(金額や休めるか?など)申し込んでいました。
バリの自然やバリの人の温かさ祈りの文化を感じることができる。」
「事前に私が明確に認識していた「理由」はほとんどなく、あえて言うならば「私が参加できるように後押しをしてくれた人が何人もいたこと」が理由だと思います。
「理由」というか「意味」はまさに後からやってくる感じで、 たくさんの人に見える形でも見えない形でもこのリトリートの参加を後押しして頂きました。
この場をお借りして、皆様ありがとうございますm(__)m」
「1週間休みを取りやすいタイミングだったため。
また今回のリトリートのテーマ「静けさ」にも惹かれました。
バリの自然のなかでぜひ静けさを体感してみたいと思いました。」
「1回目のバリリトリートの時、このヴィラに滞在し、また戻ってきたい!と強く思ったので。
マザーバリの風を浴びたい!というのも思っていました。」
「・2024年のバリリトリートがよかったので
・日常から身体的にも精神的にも距離がとれたから・
開催期間がお休みをとりやすかったから・
仕事や人生においての”ありかた”について迷いがあるから」
「自分の中の安心感をとことん深めたかった。」
「いつか行ってみたい、憧れのリトリートでした。
「いつか」で、毎年流すのではなく、「もう行くぞ」と決めたのです。
yukariさん主催のリトリートに間違いはない、信頼して飛び込んで大丈夫、きっと満足するという確信もありました。
国内のリトリートでご一緒できた顔見知りの方も増えた安心感も大きいです。
私はいつもの癖で、どうしようか、と迷う脳の神経シナプスを「行くぞ」と書き換えていく作業に、少し時間がかかる傾向もあり、ちょうど今年気が熟したというか。(えいっと飛び込むための準備運動時間が私には必要だったというか)
毎年、今年も行く勇気がナイ、と「私は行けナイひと」と一人で「ナイ」にフォーカスし、自分でドラマチックに意味づけしてしまっていたように思うのです。
「美しい場所に、私も飛び込んで楽しんでみたい!」
そう〇年前に思った種が、「よし、今や!」と教えてくれた、そんなシンプルなことなのかもしれない、と今は思います。」
「自分が初めて海外で「帰るような慣れ親しんだ場所」としてのヴィラへ戻ってみたいというのが、大きな動機でした。」
「タイミングとこれからの不安があったため
楽しいことをしたいと思いました。」
「絶対にお値段以上の”効果”があると、過去2回の体験で確信していたので。(あくまで個人の感想です)
そしてバリ島のエネルギーが好きすぎて、戻らずにはいられません。」
「ちょうどお休み中なこともあり、日程の融通が効きそうだったのが決め手で参加しました。
参加したら全てが楽しくて、感じるものがあるだろうことは、1回目の時に体感していたので、その他のことに迷いはなかったです。」
