高野山リトリート2026感想①「私にとって高野山リトリートは今後も最優先で参加したいリトリートです」

2026/8/29-31,3年連続3回目の開催となる高野山リトリートを実施いたしました!

今年も、3年皆勤となるリピーターさんからはじめましての方までお集まりくださり,お大師さまのお膝元ですばらしい時間と体験をいただくことができました。
ご参加本当にありがとうございます!!

今年は,2年前の初実施時と同様,高野町内にとどまるプログラムを提供しました。

 *今年のプログラムについては→こちらをご参照くださいませ。

「同じところに何度も行くのはもったいない。もっといろんなところに行ってみたい」と感じる方も多いかもしれませんが…
わたし自身にはあまりそういう欲がなくて…(笑)
わたしは,同じ特別なところに何度も行きたい派です。
そして,その「特別なところ」というのには共通点があります。
聖人,それはすなわち偉大なヨーギーにゆかりのある,神聖な場所です。
自身の経験から,結局のところ,それ以上の場所はないと感じているからです。
例えば,インドに行ってもいつも同じ場所ばかり行っていて,タージマハールさえ見たことがありません(笑)
(来年2月に実施するインドリトリートは,まさにそうした聖地にみなさんをお連れするものです!)
そして,わたしにとって,そうした国内の聖地といえば高野山!
だから毎年リトリートを実施しているのです。

そして,今年のリトリートに参加してくださったリピーターさんたちは,まさにそうした何度も通うからこそのよさをシェアしてくださっています。
ぜひお読みいただき,「来年こそは!」と感じられたお初の方,「来年も!」と感じられたリピーターさん,来年ご一緒できるのを楽しみにお待ちしております ^ ^

来年はなんと!初めてゴールデンウィークでの開催を予定しております♪

毎年この時期には,真言宗の重要行事である「結縁灌頂」(けちえんかんじょう)が行われます。
真言宗で大事にされている二つの曼荼羅に描かれている多くの仏さまの中から,ある一人と特別なご縁を結ぶという,美しい密教儀礼です。
わたしは別に真言宗徒というわけではありませんし,布教するつもりもありませんので,あくまでもご参加はみなさんお一人お一人のご意思次第なのですが,これに参加できる日程で実施する予定で準備を進めております。
別に入信するために受けるわけではありません。
でも,特別な体験ができること間違いなしですので,お勧めです ^ ^
そもそも,わたしが真言宗に感じる大きな魅力の一つは,そのオープンさです。
たとえば,どんな宗教や国籍の人も,高野山のお墓に入ることができますしね。
実際,敵同士だった石田三成と豊臣秀吉,上杉謙信と武田信玄の菩提がそこに同居しているのもすてきだなあと思うのです。
おそらく2027/5/1-3か2-4になるかと思います。
来年初めには詳細を公開予定ですので,どうぞ今から日程を空けて,楽しみにお待ちくださいませ〜★

nidaの高野山リトリートは,実際,ご縁あるすてきな宿坊さんありきで実現しています。
もうすっかり,高野山に行くたびに「ただいま!」と言えるような感覚の場所に…
ご住職や奥様,お母さま,そしてあたたかい僧侶やスタッフのみなさま…いつもあたたかく迎えてくださり,本当にありがとうございます!
結局「ご縁」なのですよねえ…しみじみ。
そして,このすばらしいご縁をつないでくださったお大師さまに,ただただ感謝しかありません。

それでは以下,参加者のみなさまから寄せられたフィードバックをご紹介させていただきます。
大変ありがたいことに,いつもながらみなさまの思い溢れる厚みになりましたので,2回に分けて掲載させていただきます。
(個人名等は伏せていますが,全文ほぼそのまま掲載させていただいております。)
いつも感度の高いお言葉を寄せてくださるすてきな参加者のみなさま,本当にありがとうございます〜!


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0) nidaの高野山リトリートへのご参加は何回目ですか?


今回は,はじめての方が1名,2回目の方が2名,3回目の方が2名でした!


「3回目です。
nidaには八ヶ岳やバリ等、素晴らしいリトリート企画がありますが、私にとって高野山リトリートは今後も最優先で参加したいリトリートです。
個人旅行で高野山に行くこと自体は不可能ではないと思いますが、ゆかり先生によるガイド、nidaの仲間と一緒にリトリートとして高野山で過ごす時間は、やはり特別なものだと感じます。」



1) 今回のリトリートの満足度を5段階でお答えください。(5:すごく良かった 〜 1:不満だった)

全員から「5」を頂戴しました

「勿論 5」と書いてくださった方も(笑)



2) 今回のリトリートで特に良かった,心に響いた点・内容はありますか?それは何でしたか。


「御廟の前、金堂、奥の院近くの森、宿泊先のお寺での阿字観瞑想など、高野山の様々な場所で瞑想の時間をたくさん持てたこと。
お大師様に見守られている高野山は、町なかでもどこか静けさが感じられ、瞑想のための場所のように感じます。」


「yukariさんが最終日に歩きながら読み上げてくれた〜さんの文章「コンビニで割り込んでくる如来」に続き「朝から怒りん坊の菩薩」を聞かせてもらい、その方に自分自身のあり方を教え導かれているのだなと、毎日学ぶことがあり、それの積み重ねだなと思えたことです」


「初日の 水行→ 阿字観瞑想→ナイトツアー の流れがとても良かったです。
どれも非日常かつとても体感的で、自分の内側が切り替わっていく感覚というか、思考が止まり感覚を受け入れるモードになっていく流れをひとつひとつ感じることができました。

また先生の瞑想やヨガの時の誘導するお声が高野山の雰囲気とすごく合っていて、深いお祈りのような状態に持っていってくださったのがすごかったなぁと心に残っています。
特に朝ヨガのときの”三宝の声、一鳥に聞く”のお声はよく思い出しています。

あとは皆さんとのシェアリングがとても貴重な時間だったなと感じています。
普段人と話さないようなことを言ったり聞いたりできたこと、それに対しての先生の回答が大きな知恵や慈愛を感じるようなものだったこと。
もっと皆さんが感じていることやリトリートで起きている変化などお聞きしてみたかったので、こまめにシェアリングの時間があったら嬉しかったなぁと思いました。でも短い時間だったからこそ、ああいった内容になったのかも、とも思います。」


「ご住職の、全ての人を受け入ようという空海さんに通じる人柄、ナイトウオークでのお話。
阿字観瞑想していて、誰の中にも仏性があり、自分とはかけ離れているものではないということを感じる事ができました。
朝ヨガ、朝の勤行も貴重な体験でした。」


「根本大塔の前の朝ヨガ、水行や阿字観、護摩行等のリトリート中のプログラムは、言うまでもなくとても良かったのですが、今回は、

・高野山独特の街並みが目に入った時の「今、空海さんの『身体』の中に入った!」という不思議な直感、

・御廟橋の前で合掌し一礼した瞬間に「何かが上から落ちてきた」ような痺れるような体感と
 感情の伴わない涙と非常にパワフルな空気に「迎えられた」感じ、

・燈籠堂の中から聞えてくる読経に耳を傾け御廟の前で目を閉じて座っていた時の静けさに溶け込むような満ち足りた感覚、

・宿坊での朝の勤行に参加した時の、読経の響きに全身を包まれて自然に深い瞑想状態に導かれ、見守られているかのような安心感、

といった、なかなか言語化しにくいのですが、ちょっとした瞬間に身体的感覚が記憶に刻み込まれるような体験が印象深かったです。

尚、今回の高野山リトリートは水行・阿字観等、過去開催と同じ内容も含まれていますが、1年前・2年前の経験との比較によって気づいた点もたくさんあり、日常におけるヨガのプラクティス同様、繰り返し体験することの意義を実感できた点もよかったです。」



3) このリトリートの中,あるいはその後も含め,何か変化がありました/ますか?また,それはどのような変化でした/ですか?


「7月にバリ、8月に高野山と続けてリトリートに参加することができ、一日のなかで静かな時間を少しだけでも持つようになりました。
朝の5分、10分だけだったりもしますが、落ち着いて一日を始められるのはよいなと思います。」


「変化が具体的に表現できませんが、壇上伽藍でのお参りの後の瞑想中、何とも言えない落ち着きのなさが自分の足の下から身体に湧き上がってきてザワザワしたのが今も感覚として残っています
これは自分で自覚できていない感情などの現れでしょう
日常的にスルーしている感情をもっと丁寧に感じてみます

「怒りん坊菩薩」とは周りの声や感情に流されずに向き合いたいです今後の変化が楽しみです」


「なかなか言語化が難しいのですが、大きな変化があったように思います。
まずは自分が感じているこのエネルギーは何か?というここ数年の疑問に回答が得られたこと。
(具体的には先生からエネルギー的スタック、詰み残しのお話を聞き、ああそうだよなと納得がいったこと。また御住職から目に見えないエネルギー=仏、即身仏のお話を聞き、その上で高野山や弘法大師のエネルギーを存分に感じられるような場所に連れて行っていただけたこと。)
そのことでぐるぐる答え探しをする状態が止み、落ち着いて過ごすことができるようになりました。

それから、朝ヨガで体のエネルギーが動いた状態で一日過ごしたことでいつもとは違う体感がたくさんあったこと。
体の詰まりをとると受け取れるものがこんなに変わるんだなと体験したことで、身体のケアへの意識が変わりました。
あとは逆に体のエネルギーが動いたら休ませる時間も大事だなと身をもって知りました…。(一日中ぐわんぐわんする感じが残ってしまったので)
「感覚が開く時には同時にハラを養う必要がある」という大事なことも教えていただけて、それにヨガがすごく役立つのだろうなということもわかりました。」


「自分の言い分をただ主張するのではなく、まず、相手が何を言おうとしているのかを聞き、自分と交わる部分を探す努力をしなくてはと思うようになった。」


「今回のリトリート中、あるいは終了後10日程度の「即効的」な意味合いでは、
「AがBになりました。」といった顕著な変化はありませんが、
「顕著な変化はない」と感じること自体に意味があるように感じています。

最初の年は、高野山という特別な空間に初めて出会った「驚き」ということに尽きると思います。
非常に情報量が多く、高野山の時期的な行事や、天候(大雨等)といった環境要因の影響もあり、
強く印象付けられながらも消化しきれていない感じがあり、「またここに来たい。」と思いました。

昨年、前回のリトリート体験や、読書等で得た断片的な知識が高野山を再び訪れたことで一旦統合され、
体験として改めて自分の中にしみ込んでような感じが面白く、「年に一度はここに来たい。」と思いました。

今年は、前年よりもシンプルに高野山で感じたことの「体感」そのものが印象に残っている感じです。
高野山が私自身にとって「特別な場所」であるという実感がより立体的になったような印象もあります。

高野山で体験した諸々の体験が、個々別々には「1回もの」の体験のように見えても、本質的には継続的・連続的かつ実践的な経験なのだ。
という実感が今回のリトリートで感じた変化なのかもしれません。」



4) このリトリートへの参加を決めた理由をお聞かせください。


「高野山というすばらしい場所をまた訪れたかったから。
また、nidaのリトリートでは、通常の観光ではできない体験ができるから。
壇上伽藍の大塔の前での朝ヨガや奥の院での水行など、神聖な空気をいっぱいに感じながらの体験は他では得がたいものです。」


「去年体調不良で体験できなかった壇上伽藍、金剛峯寺の参拝も目的でしたが、もう一度高野山の地に戻り壇上伽藍前での朝の澄んだ空気感の中でヨガや瞑想をしたかったからです」


「募集文にアッシジの聖フランシスコ教会のこと、聖人というのはみなつながっているのだな…ということが書かれていたから。
それが自分が高野山に行ってみたいと思った理由と重なっていたから。」


「高野山の清んだ空気を身体いっぱい吸い込み、空海さんと共に室戸岬へ行きたかったんです。
あと、霊宝館も行きたかったので。
もうひとつ、実家のお墓の墓じまいをどうしたらこの先の皆の供養に繋がるのかを模索していました。」


「先程も書きましたが、「年に一度は高野山に来たい。」という思いが昨年の高野山リトリート直後から既にあったからです。」