「“Spanda”―脈動なき脈動」(nida’s newsletter- no.85-より)
*こちらの記事は 2018.09.07配信の,nida’s newsletter~ living in the moment ~- no.85-より抜粋して引用したものを以下に掲載しています。
8月に2回実施した「クレンジング&ヒーリングspecialクラス “Sing, Breathe, Meditate.“」。
先週のnewsletterでもご紹介したように,たくさんのフィードバックが舞い込み,わたし自身も驚いた次第ですが…
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その中で改めて痛感していることの一つは,チャンティングの持つ「音」の力です。
先週・先々週のnewsletterでも引用した,現代を生きる聖人の一人,グルマイ・チッドヴィラーサーナンダは,
「チャンティングをする時は,意味を分析する代わりに,その音の中に身を委ねなさい。
その音であなたを完全に満たしなさい。
その音がもっともっと満ちるように,あなたの内面を開きなさい。」(p.31)
「オーム・ナマー・シヴァーヤを歌う時,その音を全身に反響させなさい。
細胞の一つ一つにマントラの音を聞かせなさい。」(p.48)
…と(『キンドゥル・マイ・ハート』)。
つまり,グルマイは,音そのものの力を強調されておられるのです。
「音」とはすなわちヴァイブレーションです。
(みなさん,中学生の時に,音は「波」だと勉強したはず(笑))
特に,サンスクリット語はとても特別な言語です。
4年前にインドのケララ州で学んでいるときに,アーユルヴェーダドクターが
「サンスクリット語の一音一音は,シヴァ神が叩く打楽器の音から生まれたと言われている」
と教えてくれました。
当時とてもすてきな神話だなあと思って今でも覚えているわけですが,そのポイントは,
サンスクリット語は,人間のマインドが生み出したものではなく,何と言うか,「与えられたもの」であるということなんだろうなあと思うんですよね。
そして,マントラというのは,特にそういう「観る」「受け取る」力を持った人たちが伝えてくれたものなのだそうです。
だから,特別な「音」,特別なヴァイブレーションを持っているわけです。
わたしが学んでいるヨガ哲学の中に“Spanda”(スパンダ)という概念があります。
それは,ヴァイブレーション,脈動,波動を意味します。
そして,「すべてはスパンダである」と。
ある偉大なヨギーは,スパンダについて「ヴァイブレーションなきヴァイブレーション」だと言っています。
つまり,一見脈動しているようには見えない,けど本当は脈動している,と。
でも,これ,科学的に見ても本当なんですよね。
だって,岩とかね,動いていないように見えるけど,分子・原子レベルで見たらすべては「振動」しているわけでしょう。
音や光だって「波」。
そして,わたしたちの思考や感情だって,神経を通る電気信号,つまり「波」なんですよね。
まさに「すべてはスパンダ」なんです。
そう,本当は,常にすべてが脈動しているんです。
ただわたしたちにはそう認識できないだけで。
わたしたちの感情だって思考だって,本当はわたしたちの内にすでにあるんですよ。
それは,常に脈動しているんです。
ただ,わたしたちが認識できないから「自分の気持ちがわからない」とか,「後になってからようやく自分のやりたいことが見えてきた」とかいうことになるだけで。
ヨガを通じて,わたしたちは,その「脈動なき脈動」をより繊細にキャッチできるようになっていく。
その,すべての「脈動なき脈動」の源に触れられるようになっていく。
常にそこにある「スパンダ」に聴き入り,その「スパンダ」と一つになっていく。
…そういうことなんじゃないかなあと改めて感じています。
ヨガが,一層あなた自身の内なるスパンダを観じ,それとともに在ることへと導いてくれるように。
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こちらの記事は毎週金曜配信のnida’s newsletter ~ living in the moment ~より一部抜粋です。
記事全文はnidaのnewsletterのみで掲載されています。
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